紀州みかん
現在、みかんの生産量で1、2を争うのは愛媛県と和歌山県ですが、
和歌山県は日本でのみかん栽培の先駆者だったのです。
和歌山で栽培されていたみかんを紀州みかんと呼びました。
紀州みかんは小さくて種がたくさん入っているのが特徴で、
今ではほとんど栽培されていないのですが、
温州みかんが広まるまでは、
みかんと言えば紀州みかんがほとんどだったのです。
温州みかんはには種があまり入っていないため、
江戸時代には「子種がなくなる」といわれ、
ほとんど普及しなかったようです。
紀州みかんは、1574年に有田郡糸我荘の伊藤孫右衛門が、
肥後国八代からみかんの苗を持ち帰り栽培したのが始まりとされ、
以後、年々栽培が普及し、改良が加えられていきました。
紀州みかんが初めて江戸に送られたのは1634年のことで、
有田郡滝原村の藤兵衛という人によって、
400籠が送られたようです。